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良い歯医者の見つけ方〜歯科技工士から見た歯医者の実態
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日本の歴史にみる歯科医療の問題点 その3
さて、本題です。
前々回にも書きましたが、江戸時代までは、誰でも歯医者を名乗ればなれたわけですので、当然ながら怪しげな者が多かったことは今日以上だったと思います。 そのような歯科医療も、明治維新以降だいぶ整理され、ときの政府によってようやく西洋からの歯科医学の流入も始まりました。 その魁(さきがけ)だった人が米国人ウイリアム.クラーク.イーストレーキです。 彼は1860年(万延元年)に横浜で歯科医院を開業しました。現在ではこの人を日本の近代歯科医学の父と呼んでいます。 日本人で最初の西洋歯科医師は小幡英之助です。明治8年に実施された医業開業資格を得るための国家試験で、産科や眼科、整骨科などを志望する人の中で初めて「口中科」の専門医として受験しました。 その結果、合格を果たして、初めて最初の「歯科医師」として認められたのです。 つまり、その時までは歯科医は徒弟制だったためか、内科医や外科医などの普通医よりも一段低く見られ、単独で歯科医師という身分制度は存在していなかったのです。 小幡英之助は九州大分県の元士族でした。英之助は生まれつき手先が器用だったため、最初は外科医になるつもりで、慶應義塾で勉強しましたが、その後、歯科に興味を持ち、外科医にはならずに横浜で開業していた米国人歯科医師セントジョージ・エリオットの下で2年間の修行をした後、24歳で正式の西洋歯科医師となり、東京京橋で開業しました。 近代的な日本の歯科医師はこうして誕生しました。 続く
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